INICIAR SESIÓNドユンは、イヒョンが眠る時刻を正確に知っていた。薬を飲んだあとは三十分ほど本を読んでから目を閉じる。寒ければ左の肩から毛布を引き上げ、機嫌が悪いと水のコップを窓辺へ移す。そういうことを知っているのが、自分の居場所だと思っていた。けれどこのごろ、イヒョンは薬を飲んでも眠らない。扉の向こうの足音を聞いていた。* * *ムジンは薬草の標本を持って母屋に来た。研究員に渡す前に保存状態を確かめるつもりだった。イヒョンの部屋の扉が開いていて、中から笑い声がした。ドユンがベッドの端に座っていた。子どものころ、二人で道に迷った話をしている。自分のせいではないとイヒョンが抗議すると、ドユンは慣れた様子で笑った。「おまえが近道だって言ったんだろ」「ドユンだってそうだって言った」「おまえが言うなら、いつも正しいと思ってたんだよ」ムジンは戸口で足を止めた。最後の言葉は、冗談には聞こえなかった。イヒョンが気づいた。「入ってください」ドユンは立たなかった。ムジンは扉に近い椅子に座った。部屋の中の距離が、急にはっきりした。* * *イヒョンは研究の進み具合を尋ねた。標本はもっと必要だが、先に分析結果を待つことになったとムジンは説明した。ソリンに採取区域を確認してもらっていることも話し
「嫌です」イヒョンの声が、扉の外まで聞こえた。ムジンはノックしかけた手を止めた。中では誰かが、リハビリの日程を説明していた。「午後のほうが、楽だと思いますよ」「午後は、やると決めたことがあるんです」ムジンは廊下の先を見た。時間を置いて来ようとしたが、扉が開いた。イヒョンが気づいた。「ちょうどよかった」ムジンを中へ呼んだ。* * *午後は、薬草の記録を書き写すことになっていた。ムジンのノートは湿気に弱かった。研究員は、読みやすい電子データがあると助かると言い、イヒョンが自分から引き受けた。ムジンは休むように言いかけ、やめた。イヒョンはもうノートパソコンを開いていた。「二時間も続けるわけじゃないです。途中で休めばいいでしょう」「肩は」「腕を支えてやります」「目は」イヒョンが顔を上げた。ムジンは次の質問を飲み込んだ。「……わかりました」そこでようやく、イヒョンが笑った。* * *文字を書き写す作業は、思ったより楽しかった。イヒョンはムジンの短い記録に質問を添えた。岩の下とは、どちら側なのか。雨の翌日には
家というより、歴史のある施設のように見えた。ムジンは車窓越しに高い塀と正門を見た。紋章を刻んだ鉄の門が開く。車が中へ進む間、手のひらのまめをこすっていた。隣でイヒョンが訊いた。「遠いでしょう?」ムジンは首を横に振った。遠いのは道ではなく、高いのは敷居だった。鞄を膝へ引き上げた。* * *用意された部屋は、本館の隣の別館にあった。ベッドと机、浴室のある静かな部屋だった。管理人は必要なものがあれば呼んでほしいと言い、呼び鈴を示した。ムジンは鳴らさなかった。鞄を置き、まず窓を開けた。庭の向こうに本館の明かりが見える。イヒョンがどこにいるのかは、わからなかった。ノックがした。イヒョンだった。「僕の部屋、あっちです」ムジンが訊く前に、窓の外を指さした。「明かりが三つついているところ」「一人で歩いてきていいんですか」「廊下ですから。崖じゃありません」ムジンは口を閉じた。イヒョンは部屋を見回し、椅子に座った。小屋にいたときのように袖を触り、今日の服は手に合っていると気づいたように、手を下ろした。ムジンはその短い動きを見逃さなかった。* * *夕食には、家族が何人か同席した。
イヒョンの母は、まずムジンの靴を見た。泥は落としてあったが、革の隙間の汚れまでは消えなかった。ムジンは足を椅子の下へ引かなかった。「息子を助けてくださって、ありがとうございます」丁寧な挨拶だった。ムジンは頭を下げた。テーブルには、薬草の確保と研究協力についての書類があった。担当者は必要な期間の費用と宿泊先を提供すると説明した。ムジンは報酬より先に期間を訊いた。「いつまで必要ですか」「分析の結果によります。まず一週間ほどと考えています」ムジンは書類を読んだ。読む速さを見て、母の視線が再び彼の顔へ上がった。* * *署名の前に、ムジンは一つの項目を指した。「ここは変えてください」担当者が身を寄せた。「採取量は保証できません。雨が降れば採れませんし、同じ場所でも状態は変わります」書類に修正が入った。ムジンは日付と範囲を確かめて署名した。母はその手を見ながら訊いた。「以前も、こうしたお仕事を?」「薬草を納めています」間違った答えではなかった。母はそれ以上訊かなかった。代わりに、イヒョンの病状に関する話は必ず医療スタッフを通してほしいと頼んだ。「あの子、期待が大きくて」ムジンは
イヒョンが先に一歩踏み出した。ムジンは椅子をよけて近づいた。足首を見ようと目を下げたせいで、差し出された手に気づかなかった。小さな手が、宙で止まった。「薬草のことで、来たんですか?」ムジンは鞄の紐をつかんだ。「はい」イヒョンはゆっくり手を下ろした。間違ってはいなかった。鞄には薬草があり、担当者にも会った。まだ説明することも残っていた。けれど、間違っていない言葉でも人をがっかりさせるのだと、ムジンは遅れて知った。「そうなんですね」イヒョンは笑顔を作り直した。「どうぞ」* * *病室には花が多かった。ムジンは鞄をどこに置けばいいかわからず、持ったまま立っていた。イヒョンが椅子を一つ空けた。「ここに」ドユンは医療スタッフと話してくると言って出ていった。扉が閉まると、二人は急に言葉を失った。イヒョンが先に口を開いた。「ご飯、食べましたか?」「まだ」「朝から?」ムジンは時計を見なかった。イヒョンは呼び出しボタンへ手を伸ばしかけ、止めた。代わりに電話で軽い食事を頼んだ。ムジンが大丈夫だと言っても、聞かなかった。「ここでは、僕が世話をします」
街は、ムジンの記憶より明るかった。バスの窓に看板と信号が重なった。人々は同じ方向を向いて立ち、信号が変わると一斉に動いた。ムジンは紙に書かれた住所を見直した。病院名の下に、イヒョンの名前があった。それさえ確かめればよいのに、紙を畳んでは開いた。鞄からは、乾いた葉の匂いがした。* * *受付の職員が顔を上げた。「どなたにご面会ですか」ムジンは名前を告げた。職員は画面を確かめ、面会の予約はあるかと訊いた。ムジンは研究員の連絡先を差し出した。短い電話のやり取りがあった。その間、後ろにいた人たちは鞄をよけて歩いた。枝で擦った手の甲と、古い靴がやけに目についた。山では何でもなかったものだった。「こちらにご記入ください」紙が差し出された。名前。連絡先。訪問の目的。ムジンはペンを持った。姓を書こうとして、手が止まった。この十年、村では名前の二文字だけで足りた。ゆっくりと、すべて書いた。職員はその字を見て一瞬顔を上げ、また書類に目を落とした。ムジンはもうペンを置いていた。「研究棟から担当者が参ります」すぐにはイヒョンに会えなかった。ムジンは、わかりましたと答えた。* * *研究員は彼